鮎さん:
淡海人や行き交う旅人を見続けてきた道標
楽しげな親子連れ、一人旅の商人や参勤交代の様子など


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鮎さん
道しるべ
街道を往来する人びとがみちを間違って困らないように・・との思いから街道の人びとが善意の心でつくった道案内です。道標は今でも、人々の表情や想いを見守ってくれています。
「木村至宏著;近江の道標」に紹介されている道しるべをターゲットにして、現地を探索し、発見した道標の写真を紹介しています。え、こんなところにあるの?・・見つけ出すのもなかなか大変です。
鯉君:
近江を横切る東海道には「東海道五十三次」に出てくる宿場もあるよね?

この若狭街道は”鯖街道”とも呼ばれている。日本海の幸を京の人々の食卓に、魚介類を運ぶ為に利用されていた。この街道には、”鯖ずし”を売っている店があり、さば街道ならではといったところです


中山道は古代、中世代では東山道と呼ばれ、鎌倉時代は東山道は東海道よりもよく利用されていた大切な道でした。江戸時代になると、東と西の国を結ぶ東海道と、東山道はますます重要になるとともに、中部地方の山中を通る東山道は”中山道”と呼ばれるようになったと言う事です。
北国街道は”北陸道”とか”東近江路”と呼ばれていて、越前など北国とを結ぶ重要な道だったんです。特徴があるのは米原や長浜には港があって、琵琶湖を利用した交通と繋がっています。

御代参(ごだいさん)街道って、江戸の時代に、公家さん達がお伊勢さんとお多賀さんに皇族の名代としてお参りしていたので、名代=代参と言う事と、お伊勢さんから、この道を利用してお多賀さんにお参りしたことから、御代参街道と呼ばれたんだって!
東海道・そま街道 中山道・朝鮮人街道 北国海道・鯖海道 北国街道・北国脇往還  御代参街道・八風街道
01.三井寺観音道 24.こ乃は満みち 39.右 小関越三条五条 57.右 中山道 70. つち山 道
02.蓮如上人近松御旧跡 25.右 中山道 た比 40.右 三井寺観音道 58.左 北こく道 71.いせ道へ通ぬけ
03.柳緑花紅 末微 26.是よりいせみち 41.山中越 京都道 59. 右 たにくみ道 72.右 た加 八日市
04右 義仲寺 27.八日市  道 42.右 北国 60.右 竹生嶋道 73. ひこね 道
.05.牛尾山観音道 28.すぐくハんおんし道 43.乳野仰木邑 道 61.元三大師道 74. ひだ里いせみち
06.跋難陀龍王宮 29.右 京みち 44.白鬚大明神
62.竹生島参詣道
75.すく くわんおんし
07.是より二里半 施主 30.太神宮 右京道 45.左 かたヽ舟わたし 63. ひだり江戸なごや道 76.左桑名山上永源寺
08.大津へ船わたし 31.是より多賀みち 46.小野妹子墓 64.菅山寺十四丁 77.伊勢八風街道
09.あしたの行者万宝院 32. 右 本社道 47.近江西国第八番 65.三国ふ祢のりは 78.左 鯰江村
10.右東海道いせみち 33.すぐ ひこ祢助人 48.右 北国海道 66.右東京せきかはら道 79.左おはた
11.左 西寺 いしべ 34.左 中山道京いせ 49.近藤翁道 67.左 江戸谷汲道 80.すぐ多賀大社道
12.近江順礼一番札所 35.米原 汽車汽船道 50.藤樹神社参拝道 68. 左 伊吹山
13. 高埜世継観音道 36.兵主大社 51.すく 京 大津道 69.きのもとゑちぜん道
14.志加らき道 37.すく 桑実寺薬師 52.左 北国海道
15.右飯道寺(はんどう) 38.湖辺巡礼二十四番 53. 善光寺江八十五里
16.日本 真鍮 祖神 54.左 志ゆんれいみち
17.左 弘法大師 55.右 大崎寺
18.右 いが いせ道 56.西浅井町塩津浜
19.岩尾山
20.右 いか上野
21.右 いせ
22.右つげ うえの
23.左 す山 寺庄 京道

東海道が近江を通るようになったのは天智天皇が667年、大津に都(大津京)を移してからだそうです。でも、5年で飛鳥の方に都が移ったら、東海道は近江を通らなくなりました。
奈良時代は都が東海道の起点となっていたそうです。
平安京遷都以降は、ほぼ現在の道筋になったんだけど・・

私は「朝鮮人街道」を紹介します。この道は朝鮮人道とも言われるんだけど、江戸時代に朝鮮国王の新書を携えた「朝鮮通信使」が江戸間の街道として利用したためにそう言われます。


近江の中山道は伊勢に行くために分岐する道がいくつかあります!小幡から分かれる御代参街道や武佐から分かれる八風街道・・

北国海道は京・大阪・奈良などと北国を結ぶ重要な道で、北陸道と呼ばれていた・・北国海道は他にも”北国道””西近江路”とも呼ばれています。

滋賀の北東部の道、北国街道と北国脇往還も中山道と通じている。北国の大名のさん参勤交代で江戸に向かう時、や伊勢へのお参りに利用されました。
北国脇往還で有名なのは、あの・・「敵は本能寺にあり」で、明智光秀が信長に謀反を起こし、信長を討った後、秀吉は賤ヶ岳合戦に、大垣から13里を5時間あまりで木之本まで駆けつけた・豊臣時代への序幕です

八風街道もお伊勢さんや美濃に通じる、大切な街道です。中世には山越商人と呼ばれる商人達が海産物や地方の特産品を通商する為に利用した。特に、八風峠は”・・老のあし一あしもすすまず”と室町時代の連歌師宗長の日記に有る通り、険しい峠だって。
東海道の主な地域名
至京都−追分−逢坂峠−札の辻−大津−石場−膳所(ぜぜ)−粟津−瀬田橋−月輪−野路−矢倉−草津−目川−手原−六地蔵−石部−夏見−三雲−横田橋−水口−大野-土山−山中−鈴鹿峠−至伊勢
杣(そま)街道の主な地域名
三雲−三本柳−貴生川(きぶかわ)−深川市場−寺庄−大原市場−油日−余野−倉歴峠
中山道の主な地域名
草津−守山−行畑−武佐−小幡−愛知川−高宮−鳥居本−馬場−醒ヶ井−柏原−至美濃−江戸日本橋

朝鮮人街道の主な地域名
行畑−永原−江頭−近江八幡市−安土町常楽寺−能登川町−須田−彦根市−山崎−日夏−佐和山−鳥居本
北国海道の主な地域名
大津札の辻−唐崎ー下坂本ー雄琴ー衣川ー和邇ー木戸ー南小松−北小松ー大溝ー河原市ー木津−今津−弘川ー蛭口ー海津(−浦ー)−野口ー至敦賀
若狭街道の主な地域名
至京都−途中−花折峠−中村−町居−村井−岩瀬−保坂−水坂峠−杉山−至小浜



北国街道の主な地域名
米原−飯−長沢−田村−下坂浜−平方浜−長浜ー曽根−虎姫−馬渡−速水−高月−千田−広瀬−木之本−坂口ー下余呉−中之郷−東野−今市−柳ヶ瀬−倉坂峠−椿坂−中河内−栃ノ木峠−至越前
北国脇往還の主な地域名
関が原−藤川−寺林−神戸−春照−小田−今荘−東野−佐野−野村−八島−山之前−伊部−郡上−馬上−雨森−井口−持寺−田部−木之本

御代参街道の主な地域名
小幡−建部−八日市−大塚−岡本−石原−上野田−茶屋町−鎌掛(かいがけ)−〔笹尾峠〕−土山
八風街道の主な地域名
近江八幡市黒橋−武佐−八日市−御園−如来−永源寺町川上−高野−左目−黄和田−杠葉尾(ゆずりお)-八風峠-至桑名
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