淡海の道標 本文へジャンプ
伊賀上野へ

SP20
         文政五年壬午 
(地蔵尊)  右  いか上野

甲賀市甲南町柑子
■伊賀との深い関係
伊賀・甲賀と言えば忍者!この山間も入り組んだ狭い道があり、この道標を探すのに、あっちに行ったり来たりと大変でした。
伊賀・甲賀の忍者は地形を見て判ったのかな?
やはり、道標は助かったのか?
どうでしょう・・・
文政五年(1822)建立
文政五年は四国四万十川の大洪水や北海道の有珠山が噴火し、火砕流が集落を襲い、避難していたはずのアイヌの人々や和人たちがのみこまれ死亡者が出てしまったという。
左は柘植の方向
ここ、柑子の集落から左に行けば野川・馬杉を経て柘植に行ける。右に行けば滋賀と三重の県境に出て三重県の内保・玉瀧を過ぎて伊賀上野に通じている。
地理関係が判らない
付近に来てみれば、まったく方向がつかめない。確かに、このような道標は大助かりです。道を間違えれば、とんでもない方向へ行ってしまいそう!地蔵尊にお祈りして、行き先通りに進んで行くことになるのでしょう・・
お願い:本ホームページ情報で不都合と判断されたところはご連絡をお願いします。削除或いは訂正をさせて頂きます。又,本ホームページ全ての情報は皆様ご自身の責任下でご判断/ご使用ください。当管理者は一切の責任を負いません。
copyright©2015 NaniDoko淡海 all rights reserved.