GUCCI夫妻のイタリア旅行記!!
【注】GUCCI=あじゃ&まかのことでし
第6日目:10月9日(木)
「おはぁよござます」 今日も,ミスターセルジョ運転手は元気です。BAROCCI号もすでに1,000キロは走ってくれていることでしょう。まかちゃんは,朝からお昼寝。寝てばっかりいないで,外の景色も見てほしいな。ほらほら「アッピア街道」の松並木も見えてるのに。いつの日か,アッピア街道を歩いてみたいなぁ・・・。山の中腹に「モンテ・カッシーノ修道院」が見えました。
ここで,松のお話。イタリアの松は「傘松」と言って,下の方の枝がまったくありません。なので「傘松」。傘松の松ぼっくりはびっくりするほどジャンボです。あとで訪れたヴァチカンにも大きな松ぼっくりがありました。ローマのシンボルは「松」なんだって。トスカーナ(北イタリア)は,「糸杉」,南イタリアは「松」ってことですね。
あっ,海が見えてきたよ〜。これがティレニア海,この先はもう地中海だよ〜〜。ヴェスビオ火山も見えてきたよ〜〜。起きてぇ・・・
バスは,アウトストラーダ(A1号線:太陽道路とも呼ばれています)を,ポンペイの遺跡に向かいます。途中のアウトグリルで休憩しました。ここの名物は絞りたてのオレンジジュースです。ポンペイは1世紀,ヴェスビオ火山の噴火によって埋まってしまった街です。ヴェスビオ山は,3,000mを優に超える高い山だったそうですが,噴火でてっぺんが吹き飛んでしまい,今はこのようななだらかな山になっています。
ポンペイの遺跡に到着です。暑いです。じりじりと太陽が照りつけています。この日差しをあびると,南イタリアに来たことを実感します。遺跡には日陰が少ないので,みなさん暑そうです。それにしても,わずか1世紀の頃に,こんなに文明の発達した生活をしていたなんて,驚きですね。ガイドさんが言うには「1世紀頃のローマやポンペイは,現代の生活とほとんど同じです。ただ電気だけがなかったとお考え下さい」だって。ふ〜〜〜ん。日本は縄文時代か?? 野山で狩りをしていたのか? 稲作は始まっていたか?? どう比べても完全に負けてるな。
遺跡をどんどん奥の方に歩いていくと,「秘儀荘」という昔(と言っても2000年前ですけどね)の貴族の別荘があります。とてもぜいたくな建物です。室内には壁画も残っていて,すごいなぁ・・・と感心するばかりです。この絵は「ポンペイの赤」と言われる色が特徴です。
ポンペイで昼食。ナポリ名産の「キリストの涙」という白ワインを飲みました。このあと,ナポリに向かいます。
「ナポリを見て死ね」という有名な言葉がありますね。昼間に散策した南国らしいナポリの街や港やお城もすごくすてきでしたけど,でも,やっぱりナポリと言えば,夜景(世界3大夜景のひとつだったっけ?)のすばらしさですよねぇ。ナポリは,恐ろしく治安の悪いところと聞いていましたが,GUCCIたちがあちこち歩いた限りは,そんな風でもなかったです。通称「パンツ通り」(洗濯物が堂々と頭上に干されている下町ですね)と呼ばれている辺りには行かなかったからかもしれませんけれどね。それと,ナポリでは,ジャポネーゼの観光客はあんまり見かけませんでした。私はけっこうお気に入りの街なんだけどな。やっぱり危ないから,観光にこないのでしょうか??
ここでは,イタリアの車事情について。イタリアの車と言えば,すぐに思い浮かべるのは「フェラーリ」とか「マセラッティ」とか「ランチア」ですよね。でもそんな高級車には,1台もお目にかかりませんでしたねぇ。一般市民が乗っているのは,まずフィアット(ダントツに多いです),シトロエン,それからHONDAです。少し上流階級(?)の人は「ベンツ」が圧倒的に多いです。路上駐車も想像を絶するものがありますね。縦列駐車の車間距離は,なんと1センチ(10mm)です。超高難度のスーパーテクニックを要しますが,とてもお上手です。ちょうど,ナポリの街を散歩中に,どう見ても1台は停められへんやろ,みたいなスペースに縦列駐車しようとしている光景に出くわしまして,あまりのすばらしさにGUCCIたちは思わず拍手してあげました。まさに「ヴラヴォぉ〜 !!」ですね。TOYOTAプリウスの「自動縦列駐車支援システム」もこれには負けるやろな・・・。とにかく神業ですもん!
ナポリでは,車線はあってもその通りにはゼッタイに走りません。 たとえば3車線道路でしたら,最低でも5車線になって走ってますね。見てるだけで怖いです。いわゆる物損事故(車同士)は,日常茶飯事と言ったところでしょうか。 大型スクーターもたくさん走ってました。YAMAHA「マジェスティ」が圧倒的に多いです。駐輪する時は, 電柱などにふっとい鎖でくくりつけてありました。ドロボウさんも多そうです。
夕食は,トマトとモッツェレラチーズの前菜「カプレーゼ」のあと,本場の石窯焼きのナポリピッツァをいただきました。初めて食べた「ピッツァ・マルゲリータ」は,最高に美味しかったです。イタリア国旗の「赤」(もちろんトマト),「白」(モッツェレラチーズ),「緑」(バジリコ) だけのシンプルなピッツァです。
石釜の写真を撮っていたら,かっこいいコックさんが笑顔で「カメラをワシに貸せろ !!」 と言うの。 なにぃ? と思って,カメラを渡したら,替わりにピッツァを焼く炉端焼き風の棒を私にくれるのです。で,たぶん「石釜の前に立って,ピッツァを焼いているポーズをしてみろ」と私に命令したように思う(イタリア語判らんけどね)。「シィ,シィ!!アンダースタ ンド!!」なんと,コックさんは,「私が,今まさにピッツアを(いかにも)焼いているのよ風の写真」を撮ってくれました。なんて親切で優しいの!!とってもいい人。と言うわけで,これは貴重な1枚でしたねぇ。38人分もピッツアを焼いている最中ですごく忙しかったでしょうに,グラッツェ!!
夕食を食べたあと,今夜のホテルに向かいます。GUCCIたちのホテルは郊外だし,まさか夜景が見られるなんてゼンゼン期待していませんでした。ところが,ところが,この日,とんでもないハプニングが起こったのです。泊まる予定だったソレントのホテルがダブルブッキングで泊まれなくなったの。別のホテル(パラディソ)は,山の上にあるので,バスはソレント半島をうねうね曲がりながら,どんどん上がっていきます。片方はすごい崖ぇ。この時です!! 真下に,ナポリの夜景が広がりました。バスの最後部に陣取っていたGUCCIたちは特等席!! もう最高にきれいな夜景を楽しみました。
さて,バスは,変更されたホテル「パラディソ」へと向かいました。ところがですよ,道の途中に,このパラディソのマイクロバスが待機してて,GUCCIたちのバスを止めるんです。なぜこのような不可思議な行動に出たか? っていうと,なんと,「パラディソも満杯やねんがな!! だから,他のホテルに案内したるから,このマイクロバスのあとを着いて来い!!」って意味なの。いったいどうなってるんでしょね?? 結局,落ち着いた先は「アルファホテル」。しか〜〜し,ここも38人全部は泊まれず,ここから死の強行軍が始まりました。添乗員さんも大変です,幸い,GUCCIたちは,アルファホテルで泊まれましたが,2軒目,3軒目と分泊していくことになりました。添乗員さんが,全員の部屋を確保して,アルファホテルに戻ってきたのは,午前1時すぎ。ミスターセルジョもへとへとです。おまけに,添乗員さんの泊まる部屋,鍵を開けたら,見知らぬ男性が毛布をかぶって寝ていたらしい。もう最低〜。こんな状態で,わけの判らぬまま,一夜を過ごしました。でも,このアルファホテル,プールもあるし,熱帯植物園みたいでなかなかステキでした。まさにリゾートホテルって感じです(一応,☆☆☆☆)。
明日は,このツアーの目玉商品「青の洞窟(グロッタ・アズーラ)」が待っています。じゃね,ボナ・ノッテ・・・
この日記,延々とつづく・・・ to be continue......